トイチで500万円を借りました

闇金に手を出してしまい工場を倒産させてしまった

私はある工場を経営していました。
バブルの頃は、経営状態がとても良く、従業員にボーナスも出すことが出来ていました。
しかし、バブルが崩壊してからは、一気に経営状態が悪くなってしまいました。
それでも、しばらくはボーナスを出していたのですが、5年くらいで出すことが出来なくなってしまいました。
ボーナスどころか、毎月の給料を支払うのも一苦労だったのです。

 

最大で100人いた従業員は、10人程度まで減ってしまいました。
10人程度まで減ってからは、細々と経営が出来ていました。
しかし、リーマンショックによる不景気になってからは、さらに従業員が減ってしまい、6人になってしまいました。
6人でも私についてきてくれる人がいてくれるのは、とてもありがたかったです。
意地でも工場を潰してはいけないと思っていました。

 

 

 

借金はあまりしないようにしていたのですが、資金繰りがうまくいかないようになってきたので、知り合いや銀行に借金を申し込みました。
しかし、どこからもお金を借りることはできませんでした。
仕方なく、消費者金融に借金の依頼をすることにしました。
今まで借金をしたことがなかったので、お金を借りることができました。
300万円借りて、経営を軌道に乗せようと思いました。

 

お金を借りた3か月後に、長年懇意にしていた取引先が倒産してしまいました。
長年取引があったので、売掛金が500万円くらい残っていました。
500万円の回収は絶望になってしまい、また資金繰りが悪くなってしまいました。
消費者金融に追加融資を申し込みましたが、断られてしまいました。
別の消費者金融を何軒かまわり、借りられたお金は100万円だけでした。
100万円では資金繰りが良くなることはありませんでした。
むしろ、倒産の危機になってしまったのです。

 

 

至急お金を調達できなければ、不渡りを出してしまうところまで追い込まれてしまいました。
消費者金融からも借りられなくなったので、闇金に手を出してしまいました。
闇金の担当者は、いくらでも貸してくれると言ってくれました。
ただし、金利は10日で1割という、トイチの条件でした。

 

私は不渡りだけは回避しなければいけないと思ったので、トイチの条件を呑んで500万円を借りました。
不渡りは回避することができたのですが、闇金に返すための利子に困ってしまいました。
不渡り回避のことばかり考えていたので、闇金に返すお金のことは考えていませんでした。
半年くらいは、利子を返すことができていましたが、利子を返すことも不可能になってしまいました。

 

これ以上、従業員に迷惑をかけられないため、工場を倒産させることを決めました。
絶対に手をつけてはいけないお金として300万円取っておいたので、それを従業員に分配しました。
そして、工場と私の自宅を売却したお金で、闇金への返済をしました。
闇金に手を出した時点で、倒産が決まっていたようなものですが、工場を守りたいという気持ちが強かったのです。
工場に関することがすべて終わったので、残りの人生は借金することなく楽しんでいきたいです。

 

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